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オフブロードウェイミュージカル『bare』

舞台

音と言葉の洪水を浴びてきた

飛龍小学校の千秋楽から一週間後。
またしても訪れたのはシアターサンモールです(実はその次もだ)

基本的に観るのはストレートプレイばっかり、ミュージカルは正直言って苦手意識を持っていてほとんど観てこなかった私がミュージカル『bare-ベア-』を観てきたのでその感想をまとめておく。

そもそもミュージカルに苦手意識を持っていたのに何で観に行ったかというと、昨秋の『TRUMP』で私を永遠の繭期に落としたアンジェリコラファエロ役の田村良太さんの本領発揮、その歌声をがっつり体験してみたかったというのがあって。
(なんだその厨二丸出しの永遠の繭期とかいうやつは、という人は8/12にDVD出るので観てください)(ステマ

最近ストプレでも挿入歌やOP・ED曲がある舞台(ペダステとか刀ステとか)を観てたり、歌とダンスが本業のアイドルによるミュージカル(LILIUM-少女純潔歌劇-)で打ちのめされたりしていたのもちょっと敷居を低くしていたかな……
ミュージカルに関しては全然有名どころも観てないし知識もないから他と比較ができない上に「何言ってんだこいつ」という部分もあるかと思うので、以下は暇潰しにでもどうぞ。

そんな暇ねぇぞっていう忙しい人のためのbare感想はこれです。
bareはいいぞ。当日券あります。

 

 


STORY

全寮制のセント・セシリア高校。
校長でもある神父の言葉が響くミサでは、卒業を間近に控えた生徒たちが祈りを捧げている。
平凡な生徒ピーターにはある秘密があった。それは、学校一の人気者であるジェイソンという同性の恋人がいること。
いつかは自らを―bare—さらけ出し、愛し合いたいと強く願っていた。
学内の演劇公演のためのオーディションがシスター・シャンテルによって開催され、
美しいアイヴィ、ジェイソンの双子で皮肉屋のナディア、主役を狙うマットも参加し、配役が決定する。
リハーサルが開始されると、ピーターの気持ちはより強いものとなっていく。
ドラッグと酒でトリップするパーティーの中、
気持ちが募るピーターはジェイソンとキスを交わすが、それをマットに目撃されてしまう。
社会、親、友人の目を怖れるジェイソンは自身のイメージを守るため、
ピーターを突き放しアイヴィと一線を越えてしまうのだった。
-bare—になることを求めた彼らの心が絡み合い、そしてついに、一つの終焉を迎える・・・

 

もっと長いバージョンのあらすじは公式サイトへ

 

当日券情報はブログで 

 

7/3(土)マチネ 配役

ジェイソン/鯨井 康介
ピーター/田村 良太
アイヴィ/皆本 麻帆
ナディア/谷口 ゆうな
マット/一和 洋輔

神父/川﨑 麻世
シスター・シャンテル/入絵 加奈子
クレア/秋本 奈緒美

ルーカス/松永 一哉
ターニャ/杉山 真梨佳
カイラ/山崎 穂波
ダイアン/嘉悦 恵都
ローリー/伊宮 理恵
ザック/宮垣 祐也
アラン/藤井 凜太郎

 

ダブルキャストが多く、全16公演すべて組み合わせが違うということで、とりあえず知ってる方の出演回にしようと鯨井ジェイソン、田村ピーター回に。

鯨井さんは最初に生で観たのが2011年の『少年探偵団』で、急遽代役で登板という形にもかかわらずすごく上手い方だなーというのが第一印象だった。(あと特典映像の大人対談で惑星ピスタチオの話が出てたことが記憶に残っている)
最近だとペダステの手嶋さん。T2良かった……;;

 

簡潔に言うと、とても良かった。
昨今の挿入歌あり舞台のおかげで慣れてきてたのかもしれないけど、ほぼほぼ歌で進行するのが合ってた。音の洪水、曲に乗せた気持ち…言葉を浴びるように全身で体感できたのが気持ちよかった。
なんだろう、ミュージカルに苦手意識を持っていたのは以前に観たことのあるそれの中途半端な芝居と歌とのバランス…?歌と芝居の繋ぎがシームレスでないのが気になったり、歌も芝居も単独では好きなんだけどミュージカルとして両方いっぺんにこられると自分の脳処理が追いつかずに集中できなくて消化不良感があった。
でも今回は上手い人が集まっているからなのか、はたまた私の経験値が上がったのか、そこまでストレスを感じることなく観ることができたのが嬉しかった。

あとロックミュージカルというだけあって、ロックナンバーが多いのが合ってたんだろうな。これ書きながらbareアルバム曲(英詩verの)を流してるんだけど、まず音楽としてすごく好きなんだわってしみじみしている。
生演奏なのも贅沢だった~!
ダンスもみなさんキレッキレだったので耳だけでなく目でも楽しめた。

声の響きが一番好きだなと思ったのは一和マットと田村ピーターのナンバー『Are You There?』。
鯨井さんも歌は上手い方だしジェイソンの色気も弱さも芝居として大変良かったけど、ミュージカルの曲として歌として、単純に好みの声の調和はあの二人のナンバーでした。キャストが違ったらまた好みも変わるのかも。

 

あの歌声はいいぞ

田村さんの歌声がさぁ…………やっぱ好きでしたって話。

TRUMPの音楽室のシーンで一節歌った時も「!?」したんだけど、レミゼ(ミュージカルさっぱりな私でも名前だけは聞いたことあるぞ)の人連れてくるとかびっくりでしょ……本当にNU版TRUMPはキャスティングが神がかっていた……。もうすぐDVD出るからこの辺のことは改めてまた書きます。

閑話休題

あのまろやかな?のびやかで包容力のある歌声が、時にジェイソンに恋する歓びに溢れながら、時に二人の関係を曝け出すことができない不満と不安に胸を掻きむしられながら、ころころと表情を変えていくの、とても魅力的でした。
それは歌だけじゃなく演技の面でも。
もーーーーなんて幸せそうな表情をするの!!!!!
「愛してる」
「僕を愛して」
「なんで君も同じように愛してくれないの?」
「ねぇママに言おう」
ひたむきにジェイソンを求めるピーターの愛くるしいこと。スキンシップ多め。後ろからのハグとかさーーーーキスシーンも当然あります。上で紹介した記事のゲネプロ写真にもあるけど。まぁいわゆる腐った女子としての意見は以下の通りです。
くっっっそ萌えた。
頬かみしめて頑張って耐えた……安易に腐で釣りたくないけどそれ目当てで観てもいいんじゃないかな…興味を持つ入口は何でもいいよ……

 

同性愛のこと

「自分から言わない限り異性愛者になりすますこともできる。だけど自分を偽ることは、自らを傷つけることでもある」

この言葉を見た時、ピーターだなって思った。

田村ピーターはとっても可愛かった。そしてとても強かった。
ママに打ち明けなくちゃと思ったのにクレアはそれを恐れていて。ねぇピーターその話は後にしましょう。おばあちゃんが呼んでるの。電話切るわよ。シングルマザーでピーターを育ててきたクレアは、その告白をされることで自分の育て方が否定されることを恐れていた。全寮制のセント・セシリア高校に押し込んで、どうにか治ることを期待して──そこでピーターはジェイソンと出会ってしまった。

電話のあとで暗い部屋の片隅で泣き崩れるピーターの悲痛な背中を思い出すに辛い。

鯨井ジェイソンは迷っている。絶対的な父親を持つジェイソン。成績優秀スポーツ万能、学校一の人気者がゲイだと周囲にバレたくない。葛藤。それゆえのピーターに対する態度……けれど取り繕っていた世界が崩壊してから曝け出した弱さ。最後に見つけた確かなピーターへの愛。


キリスト教社会において禁圧の対象であった同性愛。作中は年代はわからないけれど、この作品のロサンゼルスでの初演時(2000年)にはまだアメリカでは同性婚も認められていない(でも一番最初に合法化したのがマサチューセッツ州)。
そんな中でのカミングアウトをジェイソンが「父親に知られたら俺を殴って勘当して、治療のために大学を休学させるだろう」と躊躇うのも仕方がない。本当に、治療すれば治る「病気」だと思われていた時代があって(今も思っている保守層はいるかもしれない)、同性愛者だからという理由で殺される社会だったんだもの。

これは1998年の事件。
全州で合法化された現在だってそれを理由に事件は起きている。
ジェイソンの選択を、私は責めることはできない。もちろん、だからといってアイヴィにしたことが許されるかというとそれはまた別の話。

そんな時代背景にあって、ピーターは強い。
私も親に自分のセクシャリティを告白する気はないぞ……結婚しないつもりとは公言してるけど。
自分の場合、カムしても引くとかの前に普通に悪気なくその言葉を否定される、セクシャリティの存在そのものを否定される傾向にあるのがあーまたかってなるんですけどね(Aセクあるある)


田村さんが目当てだったしジェイソンピーターに感情移入するかな~と思ってたら、登場人物みんな、どこかしら身に覚えのある感情とかあって。

ナディアの「デブな私はジュリエットにはなれない」。コミカルに装いつつ、与えられた役割を全うするわという諦め、寂しさ。
アイヴィの「外見ばかり見ないで」。恵まれているようで本当に欲しいものは得られない。大人の振りをして、それでいて誰よりも怯えた子供。
マットの「永遠の二番手」。成績も、好きな子の気持ちもジェイソンに取られて。

同性愛が『タブー』であるキリスト教圏の社会風潮や身体に浸み込んだ常識に翻弄される子供たち。みんな悪かったし、みんな悪くなかった……
皆本アイヴィも谷口ナディアもめっちゃ可愛かったよ~~~~~
「夜になったら電話して。ううん、夜じゃなくてもいい、いつでも電話して」
双子の片割れに言葉をかけるナディアの優しさ。
でもそれに応えられないジェイソン。
ずっと2番手のマットの、ジェイソンに対する感情の発露がああいう方向に出てしまったのはすごくつらい。マットだっていい子なんだよね。
ルーカスもすごくいいやつ…!けれどその優しさがすべてを喪ったジェイソンには毒だった……
この作品が海外においては大学・高校で上演されることが多いというのも実に頷ける話。それくらい、多分普遍的な話。

自らも人種で差別されてきたのだろう黒人のシスター・シャンテルはピーターに寄り添ってくれた。
神父様はジェイソンに寄り添うことができなかった。
「あなたを赦します」
神父様に告げる、ピーターのまなざし。その罪を自らが背負うように。あんなにもまっすぐに、何を見ているのだろう。


役者が違えば芝居の解釈もガラッと色を変える、Wキャストの醍醐味でもあるそれを連日通っているフォロワさんの感想眺めながら感じているので、懐に余裕のある人は複数回違う組み合わせで観てみてほしいし、あわよくば感想を流してもらいたいものである。
岡田ジェイソンも橋本ピーターも気になるんじゃ……

 

 

以下、ラストについて言及しています。

 

 

 

 

 

オーバードーズで朦朧とする意識の中、愛するピーターの腕の中でようやく不安や絶望から解放されたジェイソン。
卒業式、黒衣のアカデミックガウン姿の生徒たちの中を真っ白なジェイソンが歩いてくる。優しく、愛おしそうに、ピーターの背中を抱きしめる。
とても美しかった。

ピーターの傍にはジェイソンがいる。
自らの罪と共にある。